デス・オーバチュア
第165話(エピローグ5)「獅子の残光」




「……んっ……んんっ……ん……?」
シルヴァーナ・フォン・ルーヴェは昼寝から目覚めた。
昼寝……正確には部屋で読書をしている最中にいつのまにか眠ってしまったのである。
「んっ……寝ている間に、二人のどちらかが体を動かした様子も無しか……」
シルヴァーナという意識が眠っている間は、別に誰が『体』を使ってくれても構わないと思っているのだが、どうやら、今日はシルヴァーナの日(番)という決まりを守って、誰も体を使わなかったようだった。
「そうね、三人とも一緒に眠っているのは時間の無駄な気もするけど……基本的にそうしないと体は一切休まず徹夜で動き続けていることになるものね……」
三つの人格(精神)はちゃんと定期的に睡眠をとっていても、肉体が常に動き続けていては睡眠の意味がない。
不眠不休で何日も動き続けているようなものだ。
そういった意味では、持ち時間(二十四時間)中ずっと起きているセレスティナには困ったものである。
その分、シルヴァーナか、クロスが自分の持ち時間の分から睡眠に割く時間を多くとって体を休ませるしかないのだ。
大抵、その不足分を補う睡眠はシルヴァーナが担当している。
別に遠慮しているわけではないが、今のところシルヴァーナは特にしたいこともなかったからだ。
こんなに表に出てこれなくても別に良かったのだが、平等に分けるべきというセレスティナの提案(ある意味強制)に逆らう理由もない。
もっとも、この提案はある意味平等であり、正論のようだが、根本的に間違っているのだ。
そう、クロスティーナに宿る残留思念ともいうべき自分達が、現世の本来の人格であるクロスティーナと平等という考えの時点で間違っているのである。
「とはいえ……あたくしもクロスティーナも彼女には逆らえない……だって、彼女が一番強いから……」
セレスティナは自分達とは存在そのものが『違う』のだ。
「まあ、そのことについてはまた自分会議で話し合うとして……」
シルヴァーナが左手を突き出すと、前面に黒い極光で構成された巨大な球体が出現する。
「出なさい、ラストエンジェル」
シルヴァーナは球体の中に左手を入れると、中から、深く暗い輝きを放つ黒一色の剣を引き抜いた。
「あなたが健在である限り、あなたの契約者……半身であるノワールは滅びることはない……それは解りきっていたことだけど……いつまでも蘇ったノワールの反応がないかと思えば……あんな所に居たのね……」
ノワールの半身とも言えるラストエンジェルを呪力で完全に支配下に置いてるシルヴァーナには、ノワールがどこにいても居場所が簡単に関知できるのである。
ただし、ハーティアの森の『中』だけは例外だ。
あそこは外からの力の介入を防ぐ以上に、内側から力や気配が漏れ出すことを完全に防ぐ性質がある。
妖精族達が自分達を守るために、自分達の存在を隠すために張った空間遮断の域にまで達した最強の結界が張られているからだ。
つまり、真のハーティアの森は、こことは違う『異界』に存在するようなものであり、こちらの世界からの力の干渉は一切届かず、向こうから力が漏れてくることも一切ないのである。
「さて、どうしたものかしらね……ノワールの所に戻りたい、ラストエンジェル?」
ラストエンジェルが答えるかのように、小刻みに震えた。
「そう……でも、駄目よ、今のあなたはあたくしの『物』だから……」
ラストエンジェルがどことなく哀しげに数度震えた後、沈黙する。
「良い子ね、ラストエンジェル。次期にノワールにも会わせてあげるし、あなたとノワールの間に割って入る気もないから安心しなさい」
シルヴァーナはラストエンジェルの刀身に軽く接吻した後、黒い極光の球体の中に放り込んだ。
直後、黒い極光の球体は消失する。
「……だって、割り込む必要なんてないもの……あなたもノワールもあたくしの『物』なんだから……」
シルヴァーナはとても穏やかで優しげな笑顔を浮かべていた。



「きっ……貴様あああああああっ! 許さんぞ、屑がああああああっ!」
両腕を切り落とされたハーミットの肩口から青い血が勢いよく噴き出す。
「ふん、BLUE BLOOD(貴族の血)か……比喩ではなく本当に青いとは笑い話だな」
ノワールの両手は、ハーミットを斬り捨てたにも関わらず素手だった。
「……貴様だけは許さん……肉片一つ残さず消し去ってくれる!」
大地に転がっていた両腕の切断面に、肩口から噴き出す青い血が接触したかと思うと、ゴムのように両腕をを引き寄せ、腕と肩の切断面が接続される。
まるで青い血が接着剤か何かのように腕と肩を接続した形で固定した。
「流石は腐っても兄上と同じガルディア十三騎だ……たいした化け物ぶりだ」
ノワールは特に動じることもなく、冷静にハーミットを見つめる。
「黙れっ! 受けよ、青き薔薇の洗礼……インプレッシブ・ブルーローズ!」
跳躍したハーミットが左手を横に振ると、無数の青い薔薇が出現し解き放たれた。
青い薔薇は全て青い流星となってノワールに降り注ぐ。
「ふん、くだらない」
ノワールから無数の剣が撃ちだされ、迫る青い流星を全て迎撃した。
「インプレッシブ・ブルーローズ(荘厳なる奇跡の薔薇)か……所詮、他者を操る男の技などこの程度か……」
ノワールは両手を組んだまま、その場から一歩も動いていない。
無数の剣による射撃は、指一本動かす必要がない技のようだった。
「どうかな? 今ので私は勝利を確信した……受けよ! これが真のインプレッシブ・ブルーローズだ!」
ハーミットの周囲に無数の青薔薇が出現する。
「同じ技に二度もつきあえるか!」
ハーミットの青薔薇が解き放たれるのを待たず、ノワールは無数の剣を撃ちだした。
「フッ!」
青い薔薇の一つが解き放たれると、青い巨大な彗星と化して剣の豪雨を全て打ち砕きながら、ノワール目指して急降下していく。
「貴様の脆弱な剣とは威力が違うのだよっ! さらにっ!」
ハーミットの背後に残っていた薔薇達が後光のように四方八方に解き放たれた。
そして、全てが巨大な青い彗星と化して、様々な角度から襲いかかる。
「オールレンジから襲いかかる無数の青い彗星……それが私の青薔薇だっ!」
「まあ、十三騎を名乗るからには、最低でもこれくらいはしてもらわなくてはな……」
青い彗星が様々な角度から同時にノワールに激突した。
「ふはははははははははははははっ! 解ったか! これが高貴で偉大なる私と屑との格……いや、次元の違いだ!」
ハーミットの高笑いが空に響き渡る。
「確かに素晴らしい威力と、見事な死角からの攻撃だ……」
「何っ!?」
「だが、狙いが粗く、速度も遅い!」
ノワールがハーミットの背後に出現すると同時に、前と同じようにハーミットの両腕が肩口から両断された。
「ぐがあああああああああっ!」
叫び声を上げながら、ハーミットが地上に墜落する。
「君の彗星と違って、僕の『剣』は一発一発はただの剣としての威力しかない。だが、君の彗星より遙かに速く正確で……回避する隙間も与えない! それが僕の幻相鏖殺(げんそうおうさつ)!」
幻相とは幻のように儚く無常なありさま、鏖殺とは皆殺しのことだ。
幻の剣による無常なる皆殺し……それがラストエンジェルを手放したノワールが編み出した新たな技である。
ラストエンジェルのない状態では様々な属性の莫大な力を持つ剣を投影することはできない、だが、ただの力の塊である『剣』ならいくらでも投影することができた。
常人とは桁の違う魔力と想像力を有するノワールだからこそできる『魔法』である。
「君の顔はもう見飽きたよ。消えていいよ、青薔薇」
無数の剣の豪雨が地に倒れ伏すハーミットに降り注いだ。



「ダークハーヴェスター(闇の収穫者)!」
突然、地上から放射された爆流のごとき暗黒が、幻剣(ファントムソード)の豪雨を呑み尽くしながら、ノワールを襲った。
暗黒が到達する直前でノワールの姿は消失し、暗黒は虚空を貫くように空の彼方に消えていく。
「リーアベルトか……久しぶりだね」
ノワールの姿は地上にあった。
「リーアベルトだと……ザヴェーラの下……」
「……シェイド、ハーミット様をお連れして……」
物静かで、綺麗な声。
「待て……ぐっ……」
俯せに倒れていたハーミットが突然大地に拡がった円形の『影』の中に引きずり込まれるように消えていった。
「ふん、シェイド(日陰)ね…… 」
ノワールの興味はすでにハーミットなどには無い。
唐突に姿を現した女……遠い昔の知り合いに移っていた。
ノワールは改めて、女の姿を注視する。
視線の先に居たのは、血のように真っ赤な騎士の鎧を纏った青紫の長髪と瞳の少女だった。
「本当に久しいね、リーアベルト。四千……三千?……とにかく、ルーヴェ帝国滅亡以来だね」
自分達の生まれ育った国……大陸が沈んだのが、四千年前だったのか、三千年前だったのか、ノワールの記憶は正確に覚えていない。
長く生きるということはそういうことだ。
年月に対する注意や執着が薄れていき、十年一日、いや、百年一日とでもいった感じで、人間ではなく、魔族や神族のような大らかな時間感覚になるのである。
決して、歳を取り過ぎてボケたわけではないのだ。
「はい、お久しぶりです、ノワール様……」
リーアベルトは恭しく礼をする。
「まだ兄上の騎士をやっているのかい? 死んでまで忠義なことだ……それとも……いや、これは野暮なことだね、やめておくよ」
目の前に居る少女は、ルヴィーラが簒奪を起こす以前……つまり、ザヴェーラが人間として生きていた時から、彼に仕えていた女騎士だ。
そして、彼女自身もすでに主人であるルヴィーラと同じ『死人』である。
「で、兄上の命で僕を再殺にでもきたのかい、闇騎士(ダークナイト)リーアベルト?」
ノワールは世間話でもするような気安さのまま物騒なことを尋ねた。
「……そうですね……っ!」
瞬きの間の後、リーアベルトの姿はノワールの目前に移動しており、赤い刀身に黒い線と模様の描かれた禍々しい騎士の剣がノワールの首筋の直前で止まっている。
「……透明な剣ですか……?」
リーアベルトは剣を止めたのではなく、見えない何かに受け止められていたのだ。
「……失礼しました」
リーアベルトはゆっくりと剣を引き戻すと、腰の鞘へと収める。
「……で、用件は何だ?」
ノワールは何事も無かったかのように尋ねる。
「はい、約二ヶ月後、ガルディアで祭りが開催されます。それにぜひノワール様も参加してい……」
「断る」
ノワールはリーアベルトに最後まで言わせずに、きっぱりと言い切った。
「話はそれだけか? だったら僕は森に帰らせてもらう。それとも君……君達も青薔薇のように森を荒らすつもりなのかい? もしそうなら僕は君達をこの場で皆殺しにする」
ノワールは瞳が細め、容易くできることのように宣告する。
「……滅相もありません」
リーアベルトは大地を滑るようにして後ろに数歩後退した。
「私の役目はあくまで御招待申し上げるところまで……強制するつもりなどありません……ですが、気が向かれましたらぜひ……」
「ふん」
「では、私はこれで失礼します、ノワール様」
リーアベルトは再度深々と頭を下げた後、踵を返す。
「帰りますよ、シェイド、ホークロード、マリアルィーゼ」
そして、リーアベルトの姿が闇と化し掻き消えると同時に、ノワールだけが感じ取っていた『他の気配』も消え去った。
「ほう、三人居たのか? 二人までしか関知できなかった……僕もまだまだだな」
聞き覚えのない名前達、おそらく兄ザヴェーラがこの数千年の間に新たに迎えた配下だろう。
「気配からして、関知できた二人は魔族か獣人……人間は死人しか信用できないのかな、ザヴェーラ兄上は?」
ノワールは少し意地悪げに笑うと、踵を返して歩き出した。
「あの〜ですの〜」
「ME達完全に忘れられているネ、HAHAHA!」
フローラとバーデュアの声。
「……ああ、完全に忘れていたよ。人形は知らないが、君はフローラだろう? 『彼女』から話は聞いている……入って良いよ」
振り返りもせずにそう言うと、ノワールはハーティアの森の『中』に消えていった。



リーアベルトは広大な草原のど真ん中に出現した。
流石に、一度で北方大陸のガルディアにあるザヴェーラの居城まで転移することは彼女にはできない。
数度に分けて転移する必要があった。
『……リーアベルト……』
リーアベルトが再度の転移をしようとした瞬間、彼女の『影』が話しかけてくる。
「……どうしました、シェイド?」
『……マリアルィーゼが居ない……』
「なっ……そういえば……もしかして、あの時にはもう?」
『そうだ……転移する前から、奴はいなかった……』
「つっ、私としたことが……まあいいでしょう、気が済むまで遊んだら勝手に帰ってくるでしょうし……」
リーアベルトが呆れと諦めの籠もった嘆息を吐いた瞬間、上空で何かが弾けるような音がした。
「なっ、ホークロード……?」
『マリアルィーゼだけ狡いということだろう……』
「くっ、これだから子供と鳥頭は……」
リーアベルトは頭痛でもするかのように頭を抱える。
『では……我も少し寄り道をさせてもらうとするか……』
「シェイド、あなたまで!?」
リーアベルトの影から気配が消えて、彼女一人が草原に取り残された。
「これだから……魔族は……嫌なんです……自分勝手でマイペースで……」
ホークロードは本能に忠実な獣人、マリアルィーゼとシェイドは自分勝手な魔族。
元人間……現在死人のリーアベルトは彼ら『闇の三魔族』と主人である闇の皇子ザヴェーラの間に挟まれた中間管理職のような立場だった。
「……もういいです……みんな勝手にすればいいんです……」
死人じゃなかったら、ストレスで胃に穴が空きそうな気分である。
「オーニックスの方がまだマシです……ザヴェーラ様にベッタリなのは気に入りませんが……ああ、頭が……胃が痛い……」
これはあくまで幻痛(ファントムペイン)だ。
生きた人間だった時の名残で、苦悩やストレスで体に幻の痛みを覚えるのである。
「うう……帰って少し寝た方が良さそうですね……」
リーアベルトは額とお腹を押さえながら、闇と化して掻き消えた。



「あら、お久しぶりですわね?」
言葉通り物凄く久しぶりに、コクマ・ラツィエルがダイヤの元に姿を見せた。
「おや、もしかしてあれからずっと滞在されていたのですか? これは持て成しもせずに失礼しました」
「構いませんわ、エアリスが相手してくれましたから……」
ダイヤはミルクティーに口づける。
「そのエアリスの姿が見えないようですが?」
「まだ寝ていますわ、だって、まだ夜も明けていないんですもの」
そう言うと、ダイヤは窓の外に視線を向けた。
「おや、そうでしたか? どうも時間感覚が……日にちの感覚すらあやふやでして……」
「紅茶呑みます? それとも珈琲でも淹れてあげましょうか?」
「いえ、お気持ちだけで結構です。これからすぐ出かけますので」
「嘘? 外へ?」
コクマの発言にダイヤが少し驚いた表情を浮かべる。
「ええ、それが何か? 問題でもありますか?」
「別に問題はないけど……」
籠もっている部屋から出ることはあっても、コクマが城外に出るというのは、ダイヤがこの城に来てから初めてのことだった。
「……何処へ行かれるのか聞いていいのかしら?」
「墓参りですよ」
「そう……」
場所を尋ねたのに、返ってきたのは何をしに行くのかの答えである。
だが、それだけでダイヤには何処へ行くのかも、何もかもが解ってしまった。
「一緒に行きますか?」
「……やめておきますわ……自分の墓に手を合わせる趣味はないから……」
ダイヤはなぜか重苦しいそうな表情を浮かべている。
「そうですか……では、失礼します」
コクマは何とも言い難い微笑を浮かべると、窓を開け、迷わずそこから外へと飛び降りていった。
「……自分が滅ぼした国……沈めた大陸の墓参りか……いや、そうじゃないわね。きっと……の墓参り……」
ダイヤは普段の上品で丁寧な口調とは違う、自然な口調で呟く。
「『わたし』も何をやっているのかしらね? 未練がましい……あの時と違って、自分が何なのか解っているというのに……いっそ解らない方が良かった……それならあの時と同じように……ふっ、それこそ未練ね。どうかしてるわ、今日のわたし……」
口つけたミルクティーは、なぜか急に苦くなったように感じられた。








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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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